1静かに進む人材流出
介護現場で外国人材の受け入れが広がるにつれて、これまであまり語られてこなかった問題が表面化しつつある。せっかく採用し、時間をかけて日本語や介護技術を教え、ようやく現場の戦力として動けるようになった頃に、その職員が都市部の施設へと転職してしまうという現象である。技能実習制度のもとでは基本的に転職ができなかったため、こうした事態は起こりにくかった。しかし特定技能という在留資格は、制度としてもともと転職を想定してつくられている。したがって、いったん受け入れた人材が数年のうちに他の施設へ移っていくことは、これから先ますます珍しくない出来事になっていく。地方の中小規模の事業所にとって、これは看過できない経営リスクである。
2なぜ都市部に人が流れるのか
転職が起きる理由を突き詰めていくと、多くの場合それは給与だけの問題ではないことがわかる。もちろん都市部の大規模施設は資金力があり、地方よりも高い給与や充実した住居支援を提示できることが多い。しかしそれ以上に大きいのは、将来の見通しの違いである。自分がこの先どのような仕事を任され、どのように評価され、どこまでキャリアを積んでいけるのか。この見通しが職場の中で言葉として示されているかどうかが、定着を大きく左右する。加えて、同じ出身国の仲間がすでに都市部で働いているという情報網の存在も無視できない。生活の相談ができる相手や、休日を一緒に過ごせる同郷の友人がいる環境は、孤立しがちな地方の職場よりも心理的な安心感が大きい。給与の差以上に、こうした「安心して働き続けられそうかどうか」という感覚が、転職の引き金になっていることが多いのである。
3引き抜かれる施設に共通すること
興味深いのは、同じ地方の事業所であっても、離職が相次ぐ施設と、長く働き続けてもらえている施設とに分かれるという事実である。その違いを見ていくと、離職が多い施設には共通した特徴が浮かび上がる。まず、採用した時点で受け入れの役割が終わったと考えてしまっていることが多い。日本語教育や生活支援は送り出し機関や監理団体に任せきりで、入国後の職場としての伴走がほとんど行われていない。また、本人の成長や評価が言葉にされないまま、ただ人手として現場に配置されているだけの状態が続いていることも少なくない。外国人材本人からすれば、自分がこの職場でどう評価され、この先どうなっていくのかが見えないまま働き続けることになる。将来が見えない場所に長くとどまろうとする人は、日本人であっても少ないはずである。
4「戦力化」という発想への転換
ここで重要になるのが、外国人材の受け入れを単なる人手不足対策として捉えるのではなく、育成を前提とした投資として捉え直すという発想である。採用にかかる費用を、安いか高いかだけで比較する経営者は多い。しかし本当に比較すべきなのは、採用した人材が短期間で辞めてしまった場合の総コストと、時間をかけて戦力に育て、長く働いてもらえた場合の総利益である。採用費が多少高くても、その人材が三年、五年と現場を支え続けてくれるのであれば、経営的には十分に回収できる投資となる。逆に、採用費を切り詰めても早期に離職されてしまえば、再募集や再教育にかかる費用に加えて、現場の混乱や残りの職員への負担増という、数字に表れにくい損失まで重なっていく。外国人材を「安く採用できる労働力」としてではなく、「育てれば長く戦力であり続けてくれる人材」として位置づけ直すこと自体が、定着への第一歩なのである。
5辞めない職場をどうつくるか
具体的な取り組みとして、まず欠かせないのが入国直後からの伴走支援である。住居の確保や銀行口座の開設、生活上の困りごとへの相談対応を、事業所側がどこまで丁寧に行えるかによって、最初の数か月の安心感は大きく変わってくる。次に大切なのが、日本語の壁を職場全体でどう埋めるかという視点である。本人にだけ日本語の習得を求めるのではなく、事業所の側が伝わりやすい言葉遣いに変えていく努力をすることで、業務上のすれ違いや孤立感を減らすことができる。さらに、評価や昇給の仕組みを目に見える形で示すことも欠かせない。何を身につければ、どのように評価され、給与や役割がどう変わっていくのか。この道筋がはっきりしている職場ほど、職員は将来を見据えて働き続けようとする。地方の中小規模の事業所であれば、単独でこうした体制を整えるのが難しい場合もあるだろう。その際には近隣の事業所と共同で受け入れの仕組みをつくり、生活支援や日本語教育の負担を分け合うという選択肢も現実的である。一つの事業所だけで抱え込まず、地域全体で外国人材を支える体制を築くことが、都市部との待遇差を埋める有効な手立てとなる。
6採用ではなく、定着を経営指標にする
これから先、介護現場を支える人材の中で外国人材が占める割合は確実に大きくなっていく。そうした時代において問われるのは、何人採用できたかではなく、何人が三年後も現場に残っているかという数字である。採用した人数を誇る経営から、育て、支え、定着させた人数を誇る経営へと発想を転換できるかどうかが、これからの介護事業の競争力を左右することになるだろう。都市部への引き抜きという現実は、地方の事業所にとって確かに厳しい向かい風である。しかしそれは同時に、待遇の値上げ合戦とは別の道、すなわち「辞めたくならない職場」を丁寧につくり上げるという、地道でありながら確実な経営努力によって乗り越えられる課題でもある。人が集まる施設ではなく、人が残る施設であること。その一点にこそ、これからの介護経営の本質があるように思われる。

小濱 道博 氏

