「求人を出しても応募が集まらない」「せっかく採用しても長く続かない」。
介護事業所の経営者や管理者から、こうした声をよく耳にします。
人材不足というと、求人広告を増やす、紹介会社を使う、給与を見直すといった「採用」に目が向きがちです。もちろん、採用は欠かせません。しかし、どれだけ採用に力を入れても、入職した職員が定着しなければ、求人・面接・教育を繰り返すことになり、管理者や既存職員の負担が増え、次の離職につながることもあります。
では、職員が定着する事業所と、離職が続く事業所では何が違うのでしょうか。今回は、離職理由のデータをもとに、その背景と組織づくりのポイントを整理します。
【目次】
1.データで見る介護職員の離職理由
1-1.最も多い離職理由は「職場の人間関係」
では、介護職員は実際にどのような理由で職場を離れているのでしょうか。
介護労働安定センターの令和6年度調査によると、直前の仕事が介護関係だった人の退職理由で最も多かったのは、「職場の人間関係に問題があったため」の24.7%でした。
次いで、「他に良い仕事・職場があったため」が18.5%、「勤務先の事業理念や運営のあり方に不満があったため」が17.6%、「収入が少なかったため」が16.3%となっています。
この結果を見ると、介護職員の離職には、給与や待遇だけでなく、職場での人間関係や事業所の運営方針も大きく関係していることが分かります。
1-2.「職場の人間関係」には何が含まれるのか
なかでも注目したいのが、最も回答の多かった「職場の人間関係」です。
ただし、ここでいう人間関係は、単に「職員同士の相性が悪かった」という話だけではありません。上司からの指示が分かりにくい、仕事の進め方について認識が合わない、現場の意見が管理者に届かないなど、日々の組織運営が関係している場合もあります。
つまり、表面上は人間関係の問題に見えていても、その背景には、指示の出し方や情報共有、業務上のルールといった、事業所側で見直せる課題が隠れている可能性があるのです。
2.人間関係の悪化は、どのように起きるのか
2-1.指導内容が統一されていない職場
職員同士の関係は、最初から悪いとは限りません。日々の業務で小さな認識のズレが積み重なり、次第に関係が悪化していくケースもあります。
たとえば、新しく入った職員に対して、ある先輩職員は「記録はサービスの直後に入力する」と伝え、別の先輩職員は「一日の最後にまとめて入力すればよい」と教えていたとします。
事業所として正式な手順が決まっていなければ、新人職員はどちらの指示に従えばよいのか判断できません。一方の指示に従った結果、別の職員から注意されれば、「人によって言うことが違う」「何をしても注意される」と感じるようになります。
これは、新人職員の理解力や姿勢の問題ではなく、事業所として指導内容と業務手順を統一できていないことが原因です。
2-2.業務上のズレが「人の問題」に変わる
こうした状態が続くと、もともとは業務手順の問題だったものが、「あの人は指示を聞かない」「あの先輩は言い方がきつい」といった個人同士の問題に変わっていきます。
ここで当事者同士を注意したり、勤務を分けたりするだけでは、根本的な解決にはなりません。別の職員の間でも、同じ問題が繰り返される可能性があるからです。
まず確認すべきなのは、誰が悪いのかではなく、事業所としての問題はないか、改善できる部分はないかという点です。
また、こうしたズレが起こりやすいかどうかは、運営の仕方だけではなく、事業所の組織のあり方によっても変わります。
3.職員が定着する事業所は何が違うのか
では、職員が定着する事業所と、離職が続く事業所では、組織のあり方にどのような違いがあるのでしょうか。
ここで見ておきたいのは、次の2つです。
一つは、事業所の理念や目標、業務上のルールが、職員にどの程度共有されているか。もう一つは、経営者や管理者と現場職員の間で、意見や情報がきちんと行き来しているかです。
ルールが整っていても、現場の声が届かなければ、職員の不満は表に出ないまま蓄積します。反対に、職員同士で自由に意見を出せても、共通の目標や判断基準がなければ、事業所としての方向性が定まりません。
この2つのバランスから、事業所の組織状態を大きく4つのタイプに分けて考えてみます。
3-1.職員が定着しにくい3つの組織タイプ
まずは、経営者や管理者が方針やルールを示している一方で、現場の声が届きにくい「統制トップダウン型」です。
介護事業所では、法令上守るべきことや事故発生時の対応など、管理者が明確に指示しなければならない場面があります。そのため、トップダウンそのものが悪いわけではありません。
問題は、情報の流れが管理者から現場への一方通行になっていることです。会議を開いても、管理者からの連絡事項を伝えるだけ。職員が意見を出しても、何も変わらない、あるいは、十分に検討されないまま否定される。こうした状態が続くと、職員は次第に「言っても無駄」「言わない方が得」と感じ、何も言わなくなります。
表面上は指示どおりに業務が進んでいるため、問題がないように見えるかもしれません。しかし、実際には不満や疲労が見えないところで蓄積し、管理者が気付いたときには、すでに退職を決めていることもあります。
次に、職員同士の関係は良いものの、事業所としての目標や判断基準が曖昧な「なれあいボトムアップ型」です。
現場の意見を尊重し、職員同士が相談しやすいことは大切です。ただ、共通の基準がないまま人間関係を優先すると、必要な注意や指導ができなくなります。
たとえば、仲の良い職員には強く言えない一方で、新しく入った職員には細かく注意する。明確な評価基準がないため、管理者との距離が近い職員ばかりが評価される。このような状態では、職員から見て何が正しいのか、公平に扱われているのかが分かりません。
以前からいる職員にとっては居心地が良くても、新しく入った職員にとっては、すでにでき上がった人間関係の中に入らなければならない職場です。一見「仲が良い職場」ですが、「仲が良い職場」と「誰にとっても働きやすい職場」は、必ずしも同じではないことに注意が必要です。
三つ目は、理念やルールが十分に共有されず、職員間の情報共有も整っていない「迷走・個人事業型」です。
このタイプでは、職員がそれぞれの経験や判断で業務を進めています。一人ひとりは良かれと思って対応していても、事業所としての共通基準がないため、記録や申し送り、利用者への対応、後輩への指導にばらつきが生まれます。
問題が起きたときも、「誰からそう教わったのか」「誰が確認するはずだったのか」という話になりやすく、業務手順を見直すよりも、個人の責任を追及する方向に進みがちです。
長く勤めている職員は、自分なりの進め方を身につけているため、それほど困らないかもしれません。一方、新しく入った職員は、何が事業所として正しい方法なのか分からず、先輩職員の間で板挟みになります。また、特定のベテラン職員が退職すると、それまでその人に任せていた業務まで回らなくなるおそれがあります。
これらのタイプは、特定の経営者や職員が悪いという話ではなく、事業所のルールと現場との関係性のいずれか、または両方が不足している状態です。
3-2.トップダウンとボトムアップを両立する「ハイブリッド型」
職員が定着しやすいのは、経営者や管理者が理念やルールを示しながら、現場の意見も運営に反映できる「ハイブリッド型」の事業所です。
事業所として目指す方向、法令上守るべきこと、サービス提供における基本的な考え方は、経営者や管理者が明確に示します。一方で、その方針を現場で運用したときに生じる負担や課題、改善案については、職員から意見を上げてもらいます。
経営側がすべてを一方的に決めるわけでも、現場から出た意見をすべてそのまま採用するわけでもありません。変えてはいけない方針と、現場に合わせて改善できる方法を分けて考えます。
たとえば、新しい業務手順を導入する場合、管理者は「何のために変更するのか」を職員に説明します。現場では実際に運用し、時間がかかりすぎる部分や分かりにくい部分を共有します。その意見を踏まえて管理者が内容を見直し、決定した手順をあらためて全職員へ伝えます。
この流れがあれば、職員は判断に迷ったときに戻れる共通の基準を持ちながら、実際に働く中で感じた問題も伝えられます。
職員が定着する事業所は、不満や意見がまったく出ない事業所ではありません。違和感や働きにくさが生じたときに、それを個人同士の相性として片づけず、組織の課題として受け止め、改善できる事業所です。
つまり、職員が定着する事業所に必要なのは、単に人間関係が良いことではありません。事業所として目指す方向と判断基準が明確であり、現場の声を運営に生かす仕組みがあることが、大きな違いとなります。
では、自事業所をハイブリッド型に近づけるためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。次章では、組織の状態に応じた具体策を紹介します。
4.離職を防ぐ組織づくりの具体策
自事業所がどの組織タイプに近いかが見えてきたら、次は課題に合った取り組みを選びます。
離職防止というと、研修制度や福利厚生など、新しい制度を増やすことに意識が向きがちです。しかし、現場の声が届いていない事業所に、さらにルールや制度を追加しても、職員の負担が増えるだけかもしれません。
大切なのは、他の事業所の取り組みをそのまま取り入れるのではなく、自事業所で何が不足しているのかを見極めることです。
4-1.1on1で現場の声を拾う
「統制トップダウン型」に近い事業所では、職員と個別に話す機会をつくることから始めます。その方法の一つが、上司と職員が定期的に対話する1on1です。
ただし、1on1を評価面談や注意指導の場にしてはいけません。職員が感じている負担や、日々の業務で判断に迷っていることを把握するための時間です。
「何か困っていることはありますか」と聞くだけでは、職員も答えにくいでしょう。
「人によって指示が違うと感じる業務はないか」「特定の職員に負担が集中していないか」「管理者からの説明が足りないと感じることはないか」など、具体的に聞くことで、普段の会話では見えにくい課題が出てきます。
最初から全職員を対象にする必要はありません。まずは立場の異なる3人ほどと話し、月に1回程度から続けてみるのが現実的です。
また、意見を聞いた後の対応も重要です。まずは意見を出してくれたことに感謝を述べること。また、すぐに改善できない内容であっても、検討状況や今、対応できない理由を伝えます。「話を聞いてもらえた」だけでなく、「伝えた内容をきちんと受け止めてもらえた」と感じられることが、職員との信頼関係につながるでしょう。
4-2.組織全体の目標と共通の判断基準をつくる
「なれあいボトムアップ型」に近い事業所では、職員同士の関係性を保ちながら、組織としての共通基準を整える必要があります。
まず決めたいのが、事業所として何を目指すのかという組織全体の目標です。
たとえば、「住み慣れた地域で、利用者が安心して暮らし続けられる支援を行う」といった方向性を示します。そのうえで、研修受講率や新規利用者数、業務改善の実施件数など、数字で確認できる目標も設定します。
目標を決める目的は、職員を数字で管理することではありません。注意や評価、業務上の判断を、人間関係やその場の雰囲気ではなく、事業所として決めた基準に沿って行うためです。
経営者や管理者だけで決めて伝えるのではなく、職員と一緒に「どのような事業所にしたいか」を話し合うことも大切です。組織全体の目標は年に1回、数字で管理する目標は3カ月に1回程度見直すと、実際の運営にも反映しやすくなります。
4-3.情報共有の方法と業務手順を統一する
「迷走・個人事業型」に近い事業所では、情報を共有する場所と、業務の進め方を統一する必要があります。
会議を増やせば解決するわけではありません。話し合う内容が決まっておらず、結論も残らない会議は、職員の負担を増やします。
会議や申し送りでは、利用者に関する共有事項、事故やヒヤリハット、業務上の課題、変更する手順など、毎回確認する項目を決めておきます。話し合った後は、何を決めたのか、誰が担当するのか、いつまでに対応するのかまで記録します。
業務手順についても、一度にすべてを整えようとする必要はありません。
「先輩によって教える内容が違う」「申し送りが抜けやすい」など、現場で繰り返し起きている問題を一つ選び、簡単な手順書やチェックリストにします。実際に使ってみて、分かりにくい部分があれば修正します。
職員によって見ている書類や情報が違えば、再び認識のズレが生まれてしまうので、完成した手順や最新の会議内容は、一つの場所にまとめておきましょう。
離職を防ぐ組織づくりは、大掛かりな制度改革から始めるものではありません。職員の声を聞き、共通の基準を決め、現場で試しながら見直す。この小さな積み重ねが、職員が安心して働ける事業所につながっていきます。
5.まとめ|職員が定着する事業所には共通の仕組みがある
介護職員の離職理由として最も多く挙げられる「職場の人間関係」。ただし、人間関係は、ある日突然悪くなるものではありません。
先輩職員によって教える内容が違う。管理者の指示が現場で統一されていない。役割分担や判断基準が曖昧になっている。職員が意見を伝えても、その後どうなったのか分からない。
こうした組織や業務上の小さなズレが重なると、職員は「誰の指示に従えばよいのか」「なぜ自分だけ注意されるのか」と感じるようになります。そして、本来は事業所の仕組みの問題だったものが、いつの間にか「あの人とは合わない」「言い方がきつい」「仕事を分かってくれない」といった、人間関係の問題へ発展していきます。
職員が定着する事業所と離職が続く事業所の違いは、職員同士の仲の良さだけではありません。何を基準に仕事をするのかが共有され、現場で生じた違和感を伝えることができ、その声に対して事業所からきちんと答えが返ってくるかどうかです。
採用は、新しい職員を迎えるための取り組みです。一方、定着は、入職した後の毎日の運営によって決まります。求人条件を整えるだけではなく、職員が納得して働ける状態をつくれているか。人材確保が難しい今だからこそ、経営者や管理者は「何人採用できたか」だけでなく、「今いる職員がなぜ働き続けられているのか」にも目を向ける必要があります。
職員が長く働ける組織は、特別な制度を導入しただけで完成するものではありません。日々の小さなズレを見過ごさず、個人の問題で終わらせずに、事業所全体の課題として捉える。その姿勢を積み重ねることが、職員の定着と、安定した介護サービスの提供につながるでしょう。

片山 海斗 氏

