介護経営コラム

Column

働くだけではお金は増えない?
介護職員に求められる「マネーリテラシー」の勧め

髙山 善文 氏
更新日:2026年5月22日
働くだけではお金は増えない?介護職員に求められる「マネーリテラシー」の勧め

私も還暦が近づき、最近、友人や顧問先の定年退職を控えた介護職員の方々からよく相談を受けることがあります。その内容はズバリ、「定年退職後(老後)の資金をどう活かしていくか」という切実な悩みです。

少し前、現政権下で「働いて、働いて…」というフレーズが話題になりました。その一方で、毎日のニュースに目を向ければ「日経平均株価が6万円を突破した」といった景気の良い話題が飛び交っています。しかし、現場で日々汗を流す介護職員にとって、こうした投資や金融のニュースは、どこか自分たちとは無縁の「別世界の話」に聞こえているのが実情ではないでしょうか。

「お金で買えない価値」と金融知識の欠如

介護職員の多くは、この仕事一筋で数十年を過ごしてきた方々です。その間、金融や投資について専門的に学ぶ機会を持てた人は、ごくひと握りでしょう。

介護職員を突き動かしてきたのは、利用者の笑顔や「ありがとう」という言葉です。ひと昔前に流行したCMのキャッチコピーではありませんが、「お金では買えないプライスレスな価値」こそが、介護現場で働く最大のモチベーションになっている人は大勢います。これは介護業界で働く人たちの最大の強みであり、魅力です。

しかし、その強みとは裏腹に、いざ自分自身の定年が目前に迫ってきたとき、老後の生活資金について真剣に考え、不安を抱え始めるのは極めて自然なことです。「やりがい」だけでは、老後の生活は成り立ちません。

論文が示す残酷な事実:「労働」だけでは資産は増えない

ここで、皆さんに興味深い最新の研究論文をご紹介します。ノルウェーの長期的な行政データを用いて「なぜ富裕層はそれほど裕福なのか」を解明した研究です 。

この論文では、トップ0.1%の富裕層と、一般的な中間層(中央値)の間に生じる「資産格差の要因」を詳細に分析しています。その結果は、非常に示唆に富むものです。 両者の資産格差を生み出している要因の割合は、以下の通りです。

  1. 高い貯蓄率:36%
  2. 相続:31%
  3. 高い投資リターン:28%
  4. 労働所得の違い:わずか5%

また、親からの相続が少なく、自らの力で富を築いた「New Money(一代で富を築いた層)」に限定して分析しても、資産格差の大部分は「高い貯蓄率(50.1%)」と「高い投資リターン(37.6%)」によって説明されており、労働所得の貢献度は13.3%にとどまっています 。
この論文が示している事実は残酷なほど単純です。それは、経営者の皆様がすでに肌で感じていること、つまり、「一生懸命働いて労働所得を得るだけでは、十分な資産を築くことはできない」ということです。資産を形成するためには、収入の一部を確実に「貯蓄」し、それを「投資」に回してリターンを得る仕組み化がいかに重要かという事実が、エビデンスとして示されています。

もちろん、介護職員全員がトップレベルの富裕層を目指す必要はありません。しかし、この「労働所得だけでは限界がある」という構造は、老後の安心を手に入れるための資産形成においても全く同じことが言えるのではないでしょうか。

介護現場のリアル~「興味はあるが、生活がきつくて余裕がない」~

では、現場の介護職員は投資や金融についてどう考えているのでしょうか。

私が顧問先の介護職員約100名に「お金に関するアンケート」を実施したところ、「投資について興味がある」と回答した人は7割近くに上りました。しかし同時に、「日々の生活がきつくて、投資どころではない(余裕がない)」という声も、ほぼ同数寄せられたのです。

ここに大きなジレンマがあります。将来への不安から投資に関心はあるものの、手元の資金不足や知識不足から最初の一歩を踏み出せず、結局「今の仕事で頑張るしかない」と身動きが取れなくなっている現場の様子が痛いほど感じ取れます。30年以上にわたり介護業界の現場を見てきた私としても、これは放置できない課題だと捉えています。

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経営戦略としての「マネーリテラシー教育」 のススメ

だからこそ、私は介護職員に対する「マネーリテラシー(金融知識)」の教育が急務であると強く感じています。そして、これは個人の問題として片付けるのではなく、法人の経営戦略として取り組むべきテーマではないでしょうか。

介護事業経営者の皆様にお伝えしたいのは、「介護職員に対するマネーリテラシー教育を、新しい福利厚生として始めてみませんか」という提案です。

法人が職員の給与を大幅に引き上げる(労働所得を増やす)ことには、介護報酬の仕組み上、限界があります。書店に行けば「お金に関する本」が山積みになっていますが、日々の業務に疲弊する職員に自発的な学習を期待するのも酷な話です。だからこそ、法人が「今あるお給料をどう守り、どう効率的に育てていくか」という知識を提供する機会を作ることが重要になります。

例えば、少額から自動で積み立てられる新NISAの活用法や、無駄な固定費の見直し方、控除の仕組みなどを学ぶだけで、職員の手元に残るお金は確実に変わります。経済的な不安が軽減され、「自分の将来は自分である程度コントロールできる」という見通しが立てば、職員の心に余裕が生まれます。

心に余裕が生まれれば、日々のケアにもゆとりができ、モチベーションの向上に直結します。また、「私たちの将来の生活まで気にかけて支援してくれる法人」という信頼感は、間違いなく定着率のアップにも繋がるはずです。

「働くだけではお金は増えない」時代だからこそ、経営者からのアプローチで、職員に「正しいお金の知識」という武器を手渡してみてはいかがでしょうか。それは結果として、法人のサービス基盤を強固にする大きな投資となるはずです。

(出典)参考・引用文献 Joachim Hubmerほか(2025)「なぜ富裕層はそれほど裕福なのか?(Why Are the Wealthiest So Wealthy? New Longitudinal Empirical Evidence and Implications for Theories of Wealth Inequality)」

ライター紹介
髙山善文
髙山 善文(たかやま よしふみ)氏
介護・福祉経営コンサルタント/ティー・オー・エス株式会社 代表取締役

「現場の質を落とさずに、利益を確保するにはどうすればいいか?」——そんな介護経営者の皆様の悩みを、現場と経営の両面から解決します。福祉用具販売、老人ホーム運営、ケアマネジャー等の現場実務から、大手企業でのマネジメントまで、業界経験は33年。現場の葛藤と制度の乖離に苦しんだ自身の経験から2014年に独立しました。現在は「現場感覚を持った経営支援」を信条に、事業戦略策定、収益改善、ICT導入、監査対応など、実務に即したコンサルティングを展開。単なる手法の押し付けではなく、「経営の目的」を言語化し、スタッフが働きやすく収益も上がる仕組みづくりに伴走します。「何から手をつければいいか分からない」といった段階からでも、まずはお気軽にご相談ください。
・大正大学非常勤講師/社会福祉士/介護支援専門員
【著書】
『図解即戦力 介護ビジネス業界のしくみと仕事』(技術評論社)、『介護の現場と業界のしくみ』(ナツメ社)ほか
【ご相談・お問い合わせ先】
https://www.jtos.co.jp/


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