【目次】
1,道具としての既存ICTの限界と生成AIの台頭
介護現場における業務改善や生産性向上という言葉が叫ばれて久しいが、実態として現場の負担感は一向に解消されていないのが現実である。これまで国や行政は生産性向上の切り札として介護ロボットや見守りセンサー、インカムといったICT機器の導入を推進してきた。見守りセンサーに関しては夜勤職員の配置基準緩和という明確なエビデンスとメリットが提示されたものの、身体装着型の移乗支援ロボットなどは、装着の手間や保管場所の問題、単一作業しかできないという「道具」としての限界から、高額な導入費用をかけながらも倉庫で眠っているケースが散見される。現場の職員は移乗介助だけを行っているわけではない。ベッドメイキングをし、排泄介助を行い、見守りを行うといった複合的な業務を同時並行でこなしているため、特定の動作しか支援できないロボットは、かえって業務フローを分断してしまう側面があった。
こうした従来のICT機器の限界を突破し、真の意味での業務効率化をもたらす存在として、今急速に浸透しつつあるのが生成AIである。従来のロボットが決められた動作を繰り返す道具であるならば、生成AIは学習し、改善し、提案を行う「知能」を持ったパートナーと言える。特にChatGPTやGoogleのGemini、Claudeといった生成AIは、それぞれに性格や得意分野を持ちながらも、テキスト生成、要約、翻訳、分析といった多岐にわたるタスクをこなす汎用性の高さが特徴である。これらを適切に使い分けることで、介護現場が長年抱えてきた「記録業務」という巨大な壁を突き崩すことが可能になりつつある。
2,記録業務における音声入力とAI整形革命
介護現場において最も時間を奪っているのは、利用者と接する時間ではなく、膨大な書類作成や記録業務である。行政の実地指導や加算取得のために求められる記録は年々増加しており、現場からは「利用者と話す時間よりパソコンに向かう時間の方が長い」という嘆きすら聞こえてくる。手書きのメモを勤務終了後にパソコンに打ち直すという二度手間や、ケアマネジャーがサービス担当者会議の後に30分以上かけて議事録を作成するといった非効率な慣習が依然として残っている。ここで威力を発揮するのが、AIによる音声入力と整形の技術である。キーボード入力が苦手な職員であっても、スマートフォンに向かって話しかけるだけで記録が完了する時代が到来している。
特筆すべきは、AIが単なる文字起こしにとどまらず、文脈を理解して適切な表現に書き換える能力を持っている点だ。例えば、職員が「Aさんさ、今日熱があってちょっと不機嫌だったんだよね」といった友人に話すような砕けた口調で吹き込んだとしても、AIはその内容を汲み取り「A様は本日発熱が見られ、精神的に不安定なご様子でした」といった専門職として適切な介護記録の文体に瞬時に変換する。このプロセスを経ることで、記録にかかる時間は劇的に短縮され、空いた時間を本来のケアに充てることができるようになる。
3, AIによるリアルタイム情報共有
さらに、GoogleWorkspaceのような統合型のクラウド環境とAIを組み合わせることで、情報共有のスピードは格段に向上する。Googleフォームを活用してバイタルや食事摂取量、ヒヤリハット報告などをスマートフォンから入力すれば、そのデータは瞬時にスプレッドシートに集約され、全職員がリアルタイムで状況を把握できるようになる。従来のように紙の記録を集めて手計算で集計する必要はない。蓄積されたデータに対して「今月最もヒヤリハットが多かった場所はどこか」「Aさんの過去3日間の体温変化に異常はないか」とAIに問いかければ、数秒で分析結果やグラフが出力される。これにより、人間が時間をかけて行っていた単純集計作業は消滅し、専門職はAIが提示した分析結果に基づいた対策の立案という、より高度な業務に集中できるようになる。
4,「予測ケア」とデータに基づいた未来シミュレーション
こうしたAI活用の中で、今後の介護の質を大きく変える可能性を秘めているのが「予測ケア」という概念である。これは、蓄積された利用者のデータに基づき、将来起こりうる状態変化をAIにシミュレーションさせ、先回りのケアを行うという手法だ。具体的には、GoogleのNotebookLMのようなクローズドな環境のAIを活用する。このツールはインターネット上の不特定多数の情報ではなく、ユーザーがアップロードした特定の資料のみを根拠として回答を生成するため、個人情報漏洩のリスクを極限まで抑えつつ、正確な分析が可能となる。
予測ケアの実践においては、例えば利用者の過去数年分にわたるLIFE(科学的介護情報システム)のデータやアセスメントシート、ケア記録などをAIに読み込ませることから始まる。その上で、AIに対して「現在のADL(日常生活動作)の推移に基づき、このままリハビリを行わなかった場合の1年後の状態を予測せよ」と指示を出す。するとAIは、過去のデータ傾向から「下肢筋力の低下により歩行機能が減退し、介護度が悪化する可能性が高い」といった具体的なシナリオを提示する。逆に「週3回の生活リハビリを実施した場合の予測」を求めれば、機能維持や改善の見込みを数値やグラフで示すことも可能だ。このように、将来のリスクや介入効果を可視化することで、ケアプランの目標設定に客観的な根拠を持たせることができる。これは、利用者本人や家族に対する説明の場面でも極めて有効である。「頑張りましょう」という精神論ではなく、「このデータに基づくと、今ここでリハビリを強化しなければ1年後には車椅子生活になるリスクがありますが、適切な介入を行えば現在の歩行機能を維持できる可能性が高いです」と具体的な未来図を示すことで、ケアへの納得感や協力体制を引き出すことができる。
5,複数AIによる相互検証という品質管理
もちろん、AIは万能ではない。時には「ハルシネーション」と呼ばれるもっともらしい嘘をつくこともある。そのため、AIが出力した情報を鵜呑みにせず、必ず人間の専門職が最終確認を行うことが不可欠である。有効な手法として、複数のAIを戦わせる相互検証も挙げられる。あるAIが作成したケアプラン案を、別の性格を持つAIに「このプランの妥当性を検証し、リスクを指摘せよ」と批評させることで、より精度の高い成果物を練り上げることができる。最終的な判断や責任は人間が担うものの、その判断材料を揃えるための膨大な作業をAIが代行することで、業務の質と速度は飛躍的に向上する。
6,外国人材の活躍を支える多言語翻訳と視覚化
外国人材の受け入れが進む介護現場において、AIによる多言語翻訳機能も業務効率化の要となる。DeepLなどの高精度な翻訳AIを活用すれば、日本語で作成した業務マニュアルや申し送り事項を、ベトナム語やミャンマー語などに瞬時に変換できる。言葉の壁によるコミュニケーションエラーや事故のリスクを低減させることは、安全なケアの提供に直結する。さらに、デザイン作成AIを活用すれば、翻訳したテキストを用いて視覚的に分かりやすい掲示物や教材を短時間で作成することも容易だ。
7,記録のための介護からの脱却
導入にあたっては、セキュリティへの配慮が欠かせない。無料版の生成AIに個人情報を入力すれば、それが学習データとして外部に流出するリスクがある。そのため、業務で利用する際には学習機能がオフに設定された有料版を使用するか、NotebookLMのような安全な環境を選定し、個人名は仮名化するなどの対策を徹底する必要がある。まずはスモールスタートとして、会議の議事録作成や特定の記録業務など、リスクの低い分野から導入を始め、成功体験を積み重ねながら徐々に適用範囲を広げていく戦略が有効であろう。
AIはもはや未来の技術ではなく、日々の業務を支える現実的なツールとなりつつある。介護現場におけるAI活用は、単なる手間の削減にとどまらず、データを活用した科学的な根拠に基づくケア、すなわち「予測ケア」の実践を可能にし、利用者一人ひとりに最適なサービスを提供するための強力な武器となる。事務作業に忙殺される日々から脱却し、人と人との触れ合いという介護本来の価値を取り戻すためにこそ、AIという新たなパートナーを恐れずに使いこなしていく姿勢が、これからの介護事業者には求められている。

小濱 道博 氏

