【目次】
はじめに|事故防止は「現場の努力」ではなく「経営の仕組み」で決まる
介護現場の事故(転倒・転落・誤嚥など)は、利用者の安全に直結するだけでなく、家族の信頼、職員の離職、採用難、稼働率、さらには行政対応や補償・訴訟リスクにも波及します。つまり事故防止は「現場の注意力」だけの話ではなく、経営が設計すべき“リスクマネジメント”そのものです。
よくある失敗は、事故が起きたあとに「気をつけよう」「声かけを増やそう」で終わってしまうこと。これでは再発します。事故は、個人の不注意というより「情報・環境・手順・教育・人員配置」のズレが重なって起きることが多いからです。経営層がやるべきは、事故が起きにくい状態を“構造として”作ること。この記事では、事故を減らしつつ現場負担も軽くするための、経営視点の再発防止の考え方を整理します。
第1章|介護事故の全体像:なぜ「転倒・誤嚥・転落」が繰り返されるのか
介護事故で特に多いのは、転倒・転落、誤嚥、そして移乗・移動に関わるトラブルです。これらは「身体機能の低下」だけが原因ではありません。現場で見落とされがちな共通点は次の3つです。
① “いつもと違う”の見逃し(状態変化の共有不足)
利用者のふらつき、食事中のむせ、眠気、表情の変化、排泄リズムの乱れなど、小さなサインは事故の前兆になり得ます。しかし忙しい現場では、気づいても口頭だけで流れたり、夜勤者に伝わらなかったりします。結果として「その人のリスクがチームの共通知識になっていない」状態が続き、事故が起きます。
② 環境と導線の“微差”が放置される
床の滑り、段差、手すり位置、照明、ベッド周りの物品配置、車いすの停め方など、わずかな違いが事故の確率を上げます。特に夜間や急いでいる時間帯は、より一層の注意が必要です。
③ ルールがあっても“運用の質”が安定しない
マニュアルがあっても、介助の手順や声かけ、福祉用具の扱いが人によってバラつくと、事故が増えます。原因は「能力差」ではなく、教育設計と現場の標準化不足です。つまり、事故は“現場の頑張り”ではなく“運用の再現性”で決まります。
第2章|福祉用具は味方にも原因にもなる:ヒヤリハットを「経営の改善材料」に変える
福祉用具(車いす、ベッド、歩行器、手すり、移乗補助具など)は、適切に使えば事故を減らし、職員の腰痛も防ぎます。一方で、使い方が統一されていないと事故の引き金になります。現場でよくあるヒヤリハットは、次のような“基本動作の抜け”です。
- 車いすのブレーキをかけ忘れたまま移乗し、車いすが動いた
- フットサポートを下げたまま立ち上がらせ、足を引っかけた
- ベッドの高さ調整後にキャスター固定を忘れてベッドが動いた
- ベッド柵が上がり切っておらず、寄りかかった際に外れた(またはズレた)
ここで重要なのは、ヒヤリハットを「報告しやすい文化」にすることです。報告が増えることをネガティブに捉える組織ほど、重大事故の芽を潰せません。経営として整えるべきは、次の2点です。
(1) 報告の目的を明確にする:犯人探しではなく“仕組み改善”
「報告=叱責」になっている現場では、情報が集まりません。報告は“現場の安全データ”であり、経営の改善材料です。報告件数が増えることは、改善の入口が増えることでもあります。
(2) 報告を軽くする:書式は短く、分析は会議で行う
現場が疲弊する原因は「報告書が重い」こと。まずは“事実だけ”を短く残せれば十分です。
例:日時/場所/何をしようとして/何が起きそうになったか/ケガの有無/その場の対応
原因分析は、現場で個人に書かせるのではなく、週次や月次の短いミーティングでチームが行う方が再現性が高まります。
第3章|事故を減らす経営設計:現場負担を増やさずに成果を出す4つの打ち手
事故対策を「追加業務」にすると続きません。経営がやるべきは、日常業務の中に“安全が自然に組み込まれる状態”を作ることです。実務で効く打ち手を4つに整理します。
① リスクの見える化:利用者ごとの注意点を簡潔に共有する
申し送りの属人化を防ぐには、利用者ごとに「転倒リスク」「嚥下リスク」「移乗方法」「福祉用具の注意点」を短く統一フォーマットで管理します。ポイントは“長文にしないこと”。誰が見ても10秒で要点がわかる形にします。夜勤者・派遣・新入職員にも伝わるようにして初めて意味があります。
② 環境整備を“点検項目化”し、毎日行う
環境整備はそれぞれのスキルではなく、点検で行います。たとえば「床の滑り」「導線の物品」「照明」「手すり」「車いすの停車位置」「ベッド周り」をチェック項目にし、朝夕のルーチンに組み込みます。紙でもアプリでも構いません。重要なのは“毎日同じ基準で確認される”ことです。
③ 福祉用具の基本動作を標準化:合言葉と指差し確認を導入する
福祉用具は、急いでいる時に抜けます。だからこそ“声に出す・指差す”が効きます。
例:「ブレーキよし」「フットよし」「柵よし」「高さよし」
これを介助前のルーチンにすると、経験年数に左右されにくくなります。
④ 教育をイベントにしない:短時間・反復・現場直結にする
研修を年1回の座学で終わらせると、現場行動は変わりません。5〜10分で良いので、月1回でも「ヒヤリハット共有」「事故の事例検討」「今日からの改善」を回す方が効果的です。教育は“知識の注入”ではなく“行動の一致”を目的に設計します。
第4章|事故が起きた後の対応で差がつく:再発防止は「報告→分析→改善→実行・共有」で回す
事故が起きた時、現場は動揺します。だからこそ経営が事前に「初動」と「再発防止の流れ」を決めておくことが重要です。
1)初動はシンプルに:最優先は安全確保と状態確認
事故時は、利用者の安全確保と状態確認、応援要請、必要時の救急対応が最優先です。連絡系統(誰に・どの順で)と記録の最低限を明確にし、夜間でも迷わない形にしておきます。
2)原因分析は“個人の注意不足”で終わらせない
再発防止で差がつくのは分析の深さです。
「注意不足」で片付けると、同じ構造が残り続けます。以下の観点で整理します。
- 利用者の状態変化は共有されていたか
- 環境(床、導線、照明、手すり、配置)に要因はないか
- 手順は標準化されていたか(人で違っていないか)
- 福祉用具の扱いに抜けやすいポイントがないか
- 人員配置や時間帯(忙しさ)に偏りがないか
- 記録・申し送りの仕組みに欠陥がないか
3)改善策は“今日から変えること”に落とす
良い改善策の条件は、具体的・誰が見ても同じ行動になる・追加負担が少ないことです。
- ベッド周りの物品配置を統一する
- 車いす移乗前の指差し確認をルーチン化する
- 夜勤の申し送り項目に「転倒リスク」を固定で入れる
- 食事姿勢のセッティング基準を写真付きで掲示する
- 事故の多い時間帯だけ見守り配置を調整する
4)実行・共有までが再発防止。やりっぱなしにしない
改善策は「やったかどうか」だけでなく「効果が出たか」を確認します。月次で事故・ヒヤリハットを振り返り、再発があるなら改善策を更新します。これを繰り返すことで、事故は確実に減ります。
おわりに|事故防止は“ケアの質”と“経営の安定”を同時に守る
事故をゼロにすることは難しくても、減らすことはできます。そして事故が減れば、利用者と家族の安心が増え、職員の自信がつき、離職が減り、採用や稼働率にも好影響が出ます。
事故防止とは、現場の根性論ではなく、経営がつくる“再現性のある仕組み”です。

片山 海斗 氏

