介護経営者の多くが、ここ数年、同じ違和感を抱いているのではないでしょうか。
「稼働率は悪くない」「現場は何とか回っている」。
それでも、資金繰りや将来投資の余力が年々細っていく――。
これは、現場努力の不足ではありません。
いま介護業界では、介護 × 不動産 × 金融という三つの論理が交差し、“アセットを持つこと自体が経営の足かせになり始めている”という構造変化が起きています。
【目次】
現場にいる経営者としての実感
~「持っているから強い」とは限らない~
ここで、少し私自身の立場を明らかにしておきます。
筆者である私も現在、東京都内の中堅介護事業者の運営支援に携わっています。対象となる施設は、住宅型有料老人ホームおよびサービス付き高齢者向け住宅で、保有施設は計4か所です。そのうち2か所については、土地・建物を自己所有しています。
一見すると、アセット保有は「経営が安定している」「賃料負担がない分、有利」に映ります。しかし、実際に経営の内側に踏み込んでみると、異なる現実が浮かび上がってきます。
最低賃金の継続的な上昇
食材料費の高騰
水光熱費をはじめとする各種コストの値上がり
固定費・変動費はいずれも年々確実に増加しています。一方で、介護報酬は原則として3年間据え置かれたままです。加えて、生活保護受給者への対応においては、制度上の制約により、介護事業者が実質的な負担を強いられているケースも少なくありません。
つまり、
コストは上がり続ける一方で、収入構造はほとんど変わらない。
そのうえ、修繕費や設備更新費、資産維持コストまでを自社で抱え込むことになります。その結果として生まれるのが、「帳簿上は黒字だが、将来への投資や人材への再配分ができず、身動きが取れない状態」です。
これこそが、アセットを保有する介護事業者が現場で実感している経営の実態ではないでしょうか。
こうした問題意識を踏まえ、本稿ではヘルスケアREITという仕組みを、中小介護事業者の視点から整理してみたいと思います。
1.超高齢社会の「意外な真実」
~需要は拡大し続ける一方で、経営環境は厳しさを増している~
日本の高齢化は、すでに世界でも最高水準にあります。2025年時点で65歳以上の人口は3,619万人、高齢化率は29.4%に達しています。さらに2040年には、国民の3人に1人が65歳以上になると推計されています。
こうした状況を受け、国は『住生活基本計画(全国計画)』(2021年)において、高齢者人口に対する「高齢者向けの住まい(有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅など)」の割合を、令和12年(2030年)までに4%まで引き上げるという目標を掲げています。
しかし、令和5年(2023年)時点の供給状況を見ると、有料老人ホームの定員数は約64.6万人分、サービス付き高齢者向け住宅の登録戸数は約29万戸にとどまっています。これを高齢者人口(65歳以上)に対する収容可能人数の割合で見ると、全国平均は約2.4%(高齢者100人あたり2.4人分)に過ぎません。首都圏・大阪府・愛知県・福岡県といった大都市圏でも、平均約3.1%と、全国平均をやや上回る程度にとどまっています。
このように、日本では高齢者向けの住まいは着実に増えてはいるものの、国が掲げる目標にはなお届いておらず、全体として不足している状況にあると言えます。
つまり、統計上は高齢者人口の増加に伴い、介護市場は成長産業に見えます。しかし現場では、需要の拡大と経営の安定が結びつかないという矛盾が生じているのです。
(出典)
・総務省,2025, 統計からみた我が国の高齢者
・国土交通省,2021, 住生活基本計画(全国計画)(令和3年3月19日閣議決定)
・厚生労働省,2025, 有料老人ホームの現状と課題・論点について
2.2040年、57万人不足する介護人材
~アセット保有事業者ほど苦しくなる構造~
国の推計では、2040年度までに約57万人の介護人材が不足します。
すでに現場では、有効求人倍率4倍超という「超売り手市場」が常態化しています。
ここで問題になるのは、アセットを保有している中小事業者ほど、選択肢が狭まるという点です。
・ローン返済
・固定資産税
・修繕・設備更新
・建物の老朽化リスク
これらを抱えたまま、人材確保・賃上げ・教育投資を同時に行うのは、相当な体力を要します。
「不動産を持っているから強い」のではなく、「不動産を持っているから、動けない」そんな局面に入っている中小事業者は少なくありません。
(出典)
・厚生労働省,2024, 第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について
3.「ヘルスケアREIT」という発想
~不動産を“経営”から切り離す選択肢~
こうした中で、金融・不動産の世界から出てきたのがヘルスケアREITです。ヘルスケアREITとは、介護・医療施設を専門に保有する不動産投資法人で、建物はREITが所有、運営は介護事業者が担う、事業者は賃料を払い、運営に集中するという役割分担を前提としています。
これは「金融の論理の押し付け」ではありません。人材不足・資金不足という社会課題に対する、一つの現実的解法として広がっています。
4.なぜ今、ヘルスケアREITなのか
理由は明確です。
① 超高齢化という不可逆トレンド
介護・医療施設は、景気に左右されにくい生活インフラです。
② 深刻な需給ギャップ
高齢者向けの住まいの供給率全国約2.4%前後という数字は、今後も整備が必要とされ続けることを意味します。
③ 政策的後押し
国は「住生活基本計画」や「ヘルスケアリート活用ガイドライン」を通じ、民間資金の活用を前提とした施設整備を明確に位置づけています。
(出典)
国土交通省,2023, 高齢者向け住宅等を対象とするヘルスケアリートの活用に係るガイドラインの見直しについて
国土交通省,2021, 住生活基本計画(全国計画)(令和3年3月19日閣議決定)
5.実例に見る「リスクの切り分け」
日本におけるヘルスケアREITの代表例として、ヘルスケア&メディカル投資法人(HCM)が挙げられます。同投資法人が公表しているインパクトレポートによれば、REIT側の稼働率はほぼ100%で推移しています。一方で、施設の平均入居率は約90%となっています。ここに、この仕組みの本質があります。
すなわち、入居率の変動という事業リスクと、不動産を保有することによる資本リスクを、あらかじめ切り分けている点です。
その結果、介護事業者は不動産リスクを過度に負うことなく、運営そのものに専念できる構造が形成されているのです。
(出典)
・ヘルスケア&メディカル投資法人,インパクトレポート(数字は2025年3月末時点)
まとめ
アセットを「持ち続けるか」ではなく、「どう位置づけるか」
このコラムでお伝えしたかったのは、「REITに売却すべきだ」という結論ではありません。問われているのは、ただ一つです。
「あなたの介護事業は、不動産を持ち続けることで、本来強化すべき“運営力”を犠牲にしていないか」
アセットを保有している中小介護事業者ほど、努力や根性論ではなく、構造そのものを見直す時期に来ています。
介護 × 不動産 × 金融
この交差点で、どの選択をするかによって、5年後の経営の自由度は大きく変わると考えます。アセットを持つこと自体が悪いわけではありません。問題は、それがいまの厳しい介護経営環境に合っているかどうかです。
もし、
○修繕・設備更新・返済が将来の足かせになりつつある
○人材投資に十分な余力を回せていない
○「何が選択肢なのか」を整理できていない
と感じておられる介護事業者の方がいらっしゃれば、お気軽に筆者までメールでご連絡ください。第三者の視点で経営構造を整理するだけでも、見える景色は大きく変わります。

髙山 善文 氏

