介護経営コラム

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介護支援パッケージと令和9年に向けた大変革の予兆

小濱 道博 氏
更新日:2025年12月24日
介護支援パッケージと令和9年に向けた大変革の予兆

1,補正予算で成立した支援パッケージ

現在、介護業界は2040年問題という巨大な人口構造の変化に直面している。団塊ジュニア世代が65歳を迎えることよりも深刻なのは、85歳以上の人口が急増し、今後15年間でピークを迎えるという現実である。ニーズが爆発的に増加する一方で、少子化により労働人口は減少の一途をたどっており、この需給バランスの崩壊を防ぐために国が打ち出したのが、総額2721億円にのぼる「介護支援パッケージ」である。これは単なるばら撒きではなく、賃上げ、生産性向上、そしてサービス提供体制の維持という三位一体の改革を促進するための緊急措置であり、事業者はその内容を正確に把握し、即座に行動に移す必要がある。

2,最大月額1万9000円相当の賃上げ支援と制度移行の全貌

本パッケージの最大の目玉は、介護職員に対する処遇改善の強化である。具体的には、昨年の月額6000円相当の支援補助金を拡充し、令和6年12月から令和7年5月までの半年間、1人あたり月額1万円相当の支援を行う。この1万円部分については、従来の処遇改善と同様に、介護職以外の職種への柔軟な配分が認められており、居宅介護支援、訪問看護、訪問リハビリテーションが支給対象となったことが特徴である。しかし、支援策はこれに留まらない。職場環境等要件を満たすことで得られる4000円、さらにケアプランデータ連携システムの活用や生産性向上推進体制加算の要件を満たすことで上乗せされる5000円を合わせると、最大で月額1万9000円相当の賃上げが可能となる。

ここで注意しなければならないのは、上乗せ部分となる4000円と5000円については、支給対象が「介護職員のみ」に限定されている点である。また、これら一連の補助金は令和7年5月までの措置であり、同年6月からは介護報酬改定による「処遇改善加算」へと引き継がれることとなる。つまり、6月以降も同水準の賃金を維持するためには、新たな加算要件を満たす必要があり、特に居宅介護支援事業所や訪問看護ステーションにおいては、処遇改善加算の算定要件としてキャリアパス要件Ⅰ及びⅡ、職場環境等要件を満たすことなどが必須となってくる。

3,物価高騰対策としてのサービス継続支援とインフラ整備

賃上げと並行して喫緊の課題となっているのが、エネルギー価格や食材費の高騰である。これに対し、本パッケージでは「介護サービス事業者のサービス継続支援」として、具体的な経費補助が盛り込まれた。訪問介護や通所介護などの事業所に対しては、事業規模に応じて20万円から最大50万円の補助が行われる。この支援金は、送迎車両の燃料費や光熱費のみならず、BCP(事業継続計画)対策としての備蓄品購入にも充当可能である点が重要である。具体的には、災害時に不可欠な飲料水や食料、ポータブル発電機や蓄電池、さらには猛暑対策としてのスポットエアコンやネッククーラー、断熱カーテンなどの購入費用も対象となる。

施設系サービスにおいては、入所者1人あたり日額計算に基づき、食材料費の高騰分に対する補助が措置されるほか、大規模修繕費用の補助も用意された。特に建築から30年以上が経過し老朽化が進む特養などでは、水回りを含む修繕に活用できる貴重な財源となるが、予算枠に限りがあるため抽選となる可能性も示唆されており、行政との密な連携と早期の申請準備が求められる。

4,生産性向上とDX推進による業務負担軽減への強制力

国が本パッケージを通じて強力に推進しているのが、介護現場におけるICTおよびAIの活用、すなわちDX(デジタルトランスフォーメーション)である。これは単なる業務効率化の推奨レベルを超え、事実上の強制力を帯び始めている。前述の賃上げ支援における月額5000円の上乗せ要件として「ケアプランデータ連携システム」の利用や「生産性向上推進体制加算」の取得が設定されたことは、その明確な意思表示である。もはや、パソコンが苦手であるとか、システム導入が面倒であるといった言い訳は通用しない段階に来ている。

これに対応するため、介護テクノロジー導入支援として、見守りセンサーやインカム、記録ソフト、Wi-Fi機器などの導入費用に対し、費用の5分の4という高い補助率での助成が継続される。ただし、これらの補助金は各自治体によって募集期間が極めて短く、かつ申し込み多数による抽選となるケースが多発しているため、確実性を重視する場合は補助率2分の1のIT導入補助金の活用も視野に入れるべきである。さらに、令和7年4月からは全国の自治体で順次、介護情報の基盤整備が進み、指定申請や報酬請求等の手続きが電子申請へと完全移行する「介護DX」が本格化する。これにより、医師意見書やケアプラン情報のデータ連携が標準化され、紙ベースの業務は淘汰されていくこととなる。

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5,外国人材の争奪戦と制度改革による新たなリスク

人材確保の観点からは、外国人材の受け入れ拡大と制度見直しが急務となっている。令和6年4月より訪問介護分野における外国人材の従事(特定技能等)が解禁されたことは大きな転換点であったが、現実には日本語能力や移動手段の問題など、ハードルは依然として高い。加えて、地方の事業所が多額の費用と時間をかけて育成した外国人材が、賃金水準の高い都市部の事業所へ引き抜かれるという「人材流出問題」が顕在化している。借金を抱えて来日する技能実習生や特定技能外国人にとって、月額数万円の賃金差は死活問題であり、より条件の良い職場への転職は避けられない現実がある。

こうした状況下、令和9年(2027年)には技能実習制度が廃止され、新たに「育成就労制度」がスタートする。新制度では、原則として就労から2年経過後の転職が可能となるため、人材の流動性はさらに高まることが予想される。国は激変緩和措置として、転職者受け入れ数の制限などを検討しているが、根本的な対策としては、小規模事業所同士が連携する「共同グループ」の形成や、ICT活用による業務負担軽減、そして選ばれる職場づくりといったブランディングが不可欠となる。そのためにも、補助金の活用が必須である。

6,トリプル改定を見据えた経営戦略の再構築

今回の支援パッケージは、単発の経済対策として捉えるべきではない。これは令和9年に予定されている「介護保険制度・労働基準法・育成就労制度」のトリプル改定、いわゆる「トリプルインパクト」に向けた助走期間の支援と見るべきである。特に40年ぶりとなる労働基準法の大改正では、14日以上の連続勤務禁止や、インターバル規制の強化などが盛り込まれる見込みであり、シフト管理の厳格化が避けられない。また、介護保険制度においても、所得への預金残高の勘案や老人ホームの登録制度導入など、経営の透明性と質の担保が厳しく問われることになる。

事業者は、この支援パッケージで得られる原資を単なる延命措置として消費するのではなく、来るべき大改革に耐えうる筋肉質な経営体質へと転換するための投資として活用しなければならない。賃上げによる人材確保、ICT導入による生産性向上、そして協働化によるスケールメリットの追求。これらを同時並行で進めることこそが、激動の時代を生き抜く唯一の解である。

ライター紹介
小濱 道博
小濱 道博 氏
小濱介護経営事務所 代表。 一般社団法人日本介護経営研究協会専務理事。 一般社団法人介護経営研究会 専務理事。 一般社団法人介護事業援護会理事。 C-MAS 介護事業経営研究会最高顧問。


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