日本の介護業界は深刻な人手不足に直面しており、技能実習生の受け入れはその解決策の一つとして重要だ。特に訪問介護サービスへの対象拡大は、業界に新たな活力を与える可能性を秘めているが、その実現には課題と戦略的なアプローチが不可欠である。
本コラムでは、訪問サービスにおける技能実習生対象拡大のポイントと課題について解説する。
【目次】
1,運転免許の制約と最適な受け入れモデル
訪問介護サービスで技能実習生を受け入れる上での最大の障壁の一つは、多くの実習生が運転免許を保有していない現実だ。地方部では自家用車への依存が高く、運転免許がない実習生は利用者宅への移動が困難で、活動範囲が限定されてしまう。
この課題を考えると、現時点では有料老人ホームに併設された訪問介護事業所が最適な受け入れモデルと言える。
これらの施設では、同一敷地内や近隣に利用者が集中しているため、実習生が運転免許を持たなくても徒歩や自転車で効率的にサービスを提供できる。施設職員との連携も密に取れるため、実習生が安心して業務に取り組める環境も整っている。このようなモデルを先行的に導入し、成功事例を積み重ねることが、将来的な対象拡大への第一歩となるだろう。
2,日本の生活習慣と食文化への深い理解を促す研修
介護現場では、単に身体介護を行うだけでなく、利用者様の生活全般に寄り添うことが求められる。特に訪問介護では、利用者様の生活空間に入り込み、長年の生活習慣や文化に配慮したケアが不可欠だ。しかし、異なる文化背景を持つ技能実習生にとって、日本の生活上のしきたり、特に食事の味付けや調理法は大きな壁となり得る。
例えば、地域ごとの出汁の取り方、旬の食材を活かした料理、嚥下食や治療食といった個別対応の必要性など、日本の食文化は非常に多様である。実習生がこれらの知識や技術を習得するためには、座学だけでなく、実際に利用者宅で調理を体験させたり、日本の介護現場に精通した先輩職員によるOJTを徹底したりするなど、実践的な研修プログラムが不可欠だ。マニュアル通りの指導に留まらず、利用者一人ひとりの食の好みや健康状態に合わせた柔軟な対応力を養うことで、質の高い訪問介護サービスの提供に繋がる。

3,ICT活用による業務効率化と質の向上
訪問介護の現場では、記録業務や情報共有、スケジューリングなど多岐にわたる業務が発生する。これらを効率化し、介護の質を向上させる上で、ICT(情報通信技術)の活用はもはや必須である。
特に、技能実習生は「話すこと」「聞くこと」は得意でも、「書くこと」に苦手意識を持つ場合が多いため、この点への対策が重要だ。具体的には、音声入力システムの導入は、介護記録や報告業務において非常に有効である。手書きの手間を省き、入力時間を大幅に短縮できるだけでなく、口頭で伝える情報を直接文字化できるため、実習生の負担を大きく軽減できる。また、翻訳機は、実習生と利用者、あるいは実習生と日本人スタッフ間のコミュニケーション円滑化に大きく貢献する。緊急時や介護中の情報共有にはインカムが有効で、リアルタイムでの状況共有や指示出しが可能となり、迅速な対応を促す。スタッフ間の情報共有や連携を密にするためには、ビジネスチャットツール(ポッドチャットなど)の活用が不可欠だ。
さらに、近年発展著しい生成AIの活用も期待される。介護記録の要約や、よくある質問に対する自動応答、利用者様の状態変化に基づいたケアプランの提案補助など、多岐にわたる分野での応用が考えられる。これらのICTツールを積極的に導入し、実習生が使いこなせるようトレーニングすることで、業務負担を軽減し、より専門的な介護業務に集中できる環境を整えられる。

4,多様性を力に変えるダイバーシティと外国人居住への偏見
技能実習生の受け入れは、単なる人手不足の解消に留まらず、介護業界におけるダイバーシティ(多様性)の推進という観点からも非常に重要である。異なる文化や価値観を持つ人材が介護現場に加わることで、新たな視点や発想が生まれ、サービスの質の向上に繋がる可能性がある。
しかし、ダイバーシティを真に力に変えるためには、単に外国人材を受け入れるだけでなく、彼らがそれぞれの文化や背景を尊重されながら、能力を最大限に発揮できるような環境を整備することが不可欠だ。例えば、多言語でのコミュニケーション支援、異文化理解を促進する研修の実施、そして何よりも、技能実習生を「労働力」としてのみ捉えるのではなく、共に働く「仲間」として受け入れる意識の醸成が求められる。
残念ながら、日本では外国人に対する偏見が未だ根強く、特に居住用のアパート探しに苦労するという現実がある。連帯保証人の問題、文化や習慣の違いへの理解不足、あるいは一部の外国人によるトラブルが原因で、不動産オーナーが外国人に部屋を貸すことをためらうケースが少なくない。これは、せっかく日本で働く意欲を持って来日した技能実習生が、生活の基盤を築く上で大きな障壁となり、精神的な負担にも繋がる。企業側は、こうした実態を理解し、入居サポートや保証人代行サービスの利用促進など、積極的に居住支援を行う必要がある。
5,介護福祉士資格取得支援と人材育成の重要性
技能実習を終え、特定技能に移行した外国人材にとって、介護福祉士資格の取得は非常に重要な目標である。現在の制度では、特定技能として日本に滞在してから5年以内に介護福祉士資格を取得することで、「介護」の在留資格を得ることができ、これは永住権への道も開く。しかし、もしこの資格が取得できなかった場合、彼らは帰国を余儀なくされ、せっかく時間と労力をかけて育成した貴重な人材を失うことになる。
この事態を避けるためには、受け入れ企業や事業所が、実習生・特定技能外国人に対して手厚い資格取得フォロー体制を構築することが不可欠だ。日本語学習の支援はもちろんのこと、介護福祉士国家試験対策のための専門的な研修や模擬試験の実施、過去問演習の機会提供、さらには現役の介護福祉士による個別指導なども有効だろう。学習時間や環境の確保も、企業側の重要な責務である。単に試験合格を促すだけでなく、彼らが介護の専門職として長期的に日本で活躍できるよう、キャリアパスを見据えた継続的な支援を行うことが、優秀な人材の定着に繋がり、ひいては日本の介護業界全体の底上げに貢献する。
6,まとめ
訪問サービスにおける技能実習生の対象拡大は、日本の介護業界が抱える課題を解決し、持続可能な介護システムを構築するための重要な一歩である。運転免許の問題や生活習慣への理解、ICTの活用、そして外国人材の居住問題や資格取得支援といった具体的な課題に真摯に向き合い、適切な対策を講じることで、その恩恵を最大限に引き出すことができる。何よりも、ダイバーシティの視点から、技能実習生を温かく迎え入れ、彼らが安心して働き、成長できる環境を整えることが、これからの日本の介護業界にとって不可欠だ。