人が足りない。人件費も物価も上がる。制度改定への対応にも追われる――。
介護事業の経営は、今月も難しい舵取りを迫られています。
そのようななか、2026年7月1日、介護事業者にも関わる重要な制度変更が行われました。民間企業に義務付けられている障害者の法定雇用率が、これまでの2.5%から2.7%へ引き上げられたのです。
「うちは大企業ではないから関係ない」
「介護現場で障がいのある方に任せられる仕事はない」
と考える経営者もいらっしゃるかもしれません。
しかし今回の改正は、一定規模以上の介護事業者にとって決して他人事ではありません。同時に、障害者雇用は単なる法令対応ではなく、現場の業務を見直し、人手不足を補うきっかけにもなり得ると考えます。今回は、制度改正のポイントを確認しながら、介護事業者が障害者雇用を経営に生かす方法を考えてみます。
「37.5人以上」が対象に
2026年7月から、民間企業の法定雇用率は2.7%となり、対象となる事業主の範囲も、常用雇用労働者40.0人以上から37.5人以上へ拡大されました。つまり、常用雇用労働者が37.5人以上の事業主には、原則として障害者を1人以上雇用する義務が生じます。
介護業界で注意したいのは、この人数が単純な在籍者の頭数ではないことです。基本的には、週30時間以上働く職員は1人、週20時間以上30時間未満の職員は0.5人として計算します。パート職員や登録ヘルパーを多く雇用する介護事業者では、正社員数だけを見て判断することはできません。また、原則として法人単位で判定されるため、複数のデイサービスや訪問介護事業所などを運営している法人では、合計すると対象になる可能性があります。まずは、自社の常用雇用労働者数と現在の障害者雇用率を、改めて確認しておく必要があります。
納付金よりも、人材への投資を
常用雇用労働者数が100人を超える事業主が法定雇用率を達成していない場合、不足する障害者1人につき、原則として月額5万円、年間60万円の障害者雇用納付金が課されます。ただし、これは罰金ではなく、障害者を雇用している企業と、雇用していない企業との経済的負担を調整するための制度です。
100人以下の事業主は納付金の対象外ですが、雇用義務がなくなるわけではありません。未達成が続けば、ハローワークによる雇入れ計画作成命令や勧告などの対象となり、改善が見られなければ企業名が公表される可能性もあります。介護事業は地域からの信頼によって成り立っています。採用活動や利用者、家族、地域関係者への影響を考えれば、早めの対応が必要です。
ここで経営者として考えたいのが、年間60万円を納付金として支払うのか、それとも新たな人材への投資に振り向けるのか、ということです。もちろん、障害者雇用には採用後の教育や支援も必要です。しかし、障害者トライアル雇用助成金などを活用すれば、導入時の負担を軽減できる場合があります。
大切なのは、採用を決めてから助成金を調べるのではなく、採用活動を始める前に、ハローワークや支援機関へ相談することです。
「任せる仕事がない」を見直す
介護現場からは、
「利用者の命を預かる現場で何を任せればよいのか」
「今でも忙しいのに、教える余裕がない」
という声が出るでしょう。
そこで重要になるのが、業務の切り出し、いわゆるタスク・カービングです。
障害のある方に、身体介護や判断を伴う専門業務を無理に任せる必要はありません。介護職員が利用者への直接支援に集中できるよう、これまで介護職員が担ってきた周辺業務を整理し、その一部を担当してもらうのです。
例えば、共用部分の清掃、手すりの消毒、車椅子のタイヤ拭き、おむつや手袋の在庫確認、タオルやシーツの洗濯・整理、書類のスキャン、データ入力、郵便物の仕分けなどが考えられます。
大切なことは、最初から「障害のある方に何ができるか」と考えるのではなく、まず介護職員が現在行っている仕事をすべて洗い出すことです。
そのうえで、「これは本当に介護職員でなければできない仕事か」「手順を明確にすれば、ほかの人にも任せられないか」と問い直します。
介護現場では、資格や専門性を必要としない仕事まで、介護職員が抱え込んでいることが少なくありません。障害者雇用をきっかけに業務を可視化すれば、介護職員が本来の専門業務に集中しやすくなります。それは残業の削減や負担軽減、サービスの質の向上にもつながる可能性があります。
障害者雇用は、人を1人増やす取り組みであると同時に、仕事の進め方そのものを見直す取り組みでもあると考えるのです。
自社だけで抱え込まず、専門機関を活用する
障害の状態や特性は、一人ひとり異なります。対人コミュニケーションに負担を感じる方がいる一方で、決められた手順を正確に繰り返す仕事や、集中力を必要とする作業を得意とする方もいます。そのため、「障害者にはこの仕事が向いている」と一括りにせず、本人の得意なこと、苦手なこと、必要な配慮を確認することが重要です。
例えば、作業手順を文章や写真で示す、指示を出す職員を決める、一度に複数の指示を出さない、短時間勤務から始めるといった工夫があります。こうした仕組みづくりは、障害のある方だけでなく、新人職員や外国人職員、高齢の職員にとっても働きやすい職場づくりにつながります。
そして、初めて障害者雇用に取り組む場合は、自社だけで抱え込まないことです。ハローワーク、障害者就業・生活支援センター、地域障害者職業センター、就労移行支援事業所、ジョブコーチなど、地域にはさまざまな支援機関があります。求職者の紹介だけでなく、業務の切り出し、職場見学、実習、現場職員への説明、採用後の定着支援まで相談できます。
経営者、管理者、現場職員、支援機関が役割を分担し、組織として支えることが、長く働いてもらうためのポイントです。
おわりに
2026年7月の法定雇用率引き上げは、対象となる介護事業者にとって、新たな対応課題です。しかし、これを「義務が増えた」とだけ捉えるのは、少しもったいない気がします。
障害者雇用に取り組むためには、現在の業務を洗い出し、手順を明確にし、誰がどの仕事を担うのかを整理する必要があります。実はこれは、多くの介護事業者が以前から必要性を感じながら、なかなか着手できなかった業務改善そのものではないでしょうか。
「法定人数を満たすために採用する」のではなく、「介護職員が専門業務に集中するために、どの仕事を切り出せるか」という順番で考える。
そうすれば、障害者雇用は法令対応にとどまらず、人手不足への対応、生産性の向上、職員の定着につながる経営戦略になり得ます。まずは、自社の雇用状況を確認する。次に、現場の業務を洗い出す。そして、地域の支援機関に相談する。法定雇用率2.7%の時代を、多様な人材が働ける組織へ変わるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
参考資料
厚生労働省「障害者の法定雇用率引上げと支援策の強化について」
厚生労働省「障害者トライアルコース・障害者短時間トライアルコース」
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「障害者雇用納付金制度の概要」
※制度や助成金の適用条件は、雇用形態や対象者の状況によって異なります。実際の採用や申請にあたっては、管轄のハローワークなどへご確認ください。

髙山 善文 氏

