【目次】
はじめに:老舗施設の譲渡と加速する介護M&A
先日、介護事業を営む古くからの友人に連絡を取ったところ、長年運営してきたサービス付き高齢者向け住宅と有料老人ホームを、他法人へ譲渡したと聞きました。
その施設は、介護保険制度が始まった頃から地域に根ざし、長く利用者や家族に支えられてきた居住系施設です。しかし本人は、「年々、思ったような採算が取れず、いつ譲渡しようかとずっと悩んでいた」と話していました。介護事業は、地域との関係や利用者との信頼の積み重ねによって成り立つ事業です。そのため、長年続けてきた事業を譲渡するという判断は、決して簡単なものではなかったはずです。
今回は、サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームなどの居住系サービスが、なぜ売上はあっても利益が残りにくい構造になっているのか、そして中小介護事業者は今後どのような方策を考えていくべきなのかについて整理してみたいと思います。
1.居住系サービスの利益を圧迫する外部コスト
居住系サービスの採算が厳しくなっている背景の一つに、外部コストの増加があります。
サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームなどでは、入居者を確保するために、老人ホーム紹介センター等を利用するケースが増えています。紹介手数料は、月額利用料の1〜2か月分、あるいは入居一時金の一定割合となることもあり、入居が決まっても、初期の利益が大きく圧迫されることがあります。さらに、食材費、光熱費、人件費の上昇も経営に大きな影響を与えています。一般の事業であれば、原価が上がった分を価格に反映させることで対応できる場合もあります。しかし、介護事業の売上の柱である介護報酬は、国が定める公定価格です。そのため、物価や人件費が上がっても、事業者が自由に、すぐ値上げできるわけではありません。支出は増えていく一方で、売上単価は簡単には上げられない。ここに、介護事業、とりわけ居住系サービスの難しさがあります。
2.要介護度に左右される収益構造
もう一つの大きな要因は、売上が入居者の要介護度に左右されやすいことです。
サービス付き高齢者向け住宅や住宅型有料老人ホームでは、家賃を比較的抑え、併設する訪問介護やデイサービス等の介護報酬で収益を確保するモデルが多く見られます。しかし、入居者の要介護度が軽い場合、介護サービスの利用量が少なく、介護報酬による売上は伸びにくくなります。一方で、要介護度が重くなると、報酬が増える可能性はありますが、同時に現場の負担や人件費も増えていきます。つまり、「軽度すぎても採算が合いにくく、重度になりすぎても利益が残りにくい」という、非常に難しいバランスの上に成り立っているのです。また、入院リスクも無視できません。入居者が入院すると、家賃は請求できても介護報酬は発生しません。一方で、職員の人件費や施設維持費は大きく変わりません。数名の入院が重なるだけでも、月次収支に大きな影響が出ることがあります。
こうした構造に着目し、介護報酬に加えて診療報酬や訪問看護収入を組み合わせることで、医療依存度の高い利用者ニーズに対応しながら売上を確保してきたのが、いわゆる「ホスピス型住宅」です。ただし、今回の診療報酬改定において、同一建物に居住する利用者への訪問看護で定額制(包括払い)が導入され、報酬水準も引き下げられています。
3.想定居住年数が読めない経営リスク
高齢者向け住まいの経営で難しい点の一つに、入居者がどのくらいの期間住み続けるのかを予測しにくいことがあります。入居直後に体調が急変したり、長期入院や逝去によって短期退去となることもあります。高額な紹介手数料を支払った直後に退去が発生すれば、そのコストを十分に回収できません。そして次の入居者を募集するために、再び紹介料が必要になる場合もあります。このようなことが重なると、満床に近い状態であっても、思ったほど利益が残らないという状況が生じます。
4.国が進める「協働化・大規模化」の意味
国が進める「介護施設・事業所の協働化・大規模化」は、小規模な介護事業者が単独ですべてを抱え込むことが、だんだん難しくなっている現状を示しているように思います。人材確保、研修、ICT導入、事務処理、BCP、共同購買などは、どれも重要な取り組みです。しかし、これらを一つひとつの法人が単独で整備していくには、大きな負担が伴います。特に中小介護事業者にとっては、制度改正への対応、人材採用、教育研修、ICT化、管理部門の強化などを進めることは、年々難しくなっています。その意味で、国が示している方向性は、単に法人規模を大きくすることだけではありません。地域に必要な介護サービスを続けていくために、法人同士が協力し、機能を共有しながら、経営基盤を少しずつ強くしていくことが求められているのだと思います。
5.中小介護事業者が取るべき方策
中小介護事業者にまず必要なのは、経営を数字で見える化することです。
入居率だけでなく、紹介料の回収期間、平均居住年数、入院による逸失利益、要介護度別の収益、人件費率などを把握し、「満床なのに利益が出にくい」理由を確認していく必要があります。そのうえで、紹介センターへの依存を少しずつ下げていくことも大切です。地域の病院、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター、訪問診療、訪問看護などとの関係を深め、紹介会社を経由しない入居ルートを育てていくことが重要になります。また、近隣法人との協働により、採用、研修、ICT、請求事務、BCP対応、共同購買などを効率化できる可能性もあります。すべてを単独で抱え込むのではなく、地域の中で連携しながら経営基盤を整えていく視点が欠かせません。それでも、人材確保、資金繰り、後継者問題などに限界を感じる場合は、M&Aや事業譲渡も、早い段階から検討してよい選択肢の一つだと思います。
結論:事業継続の選択肢として、M&Aもあり得る
私は、介護事業者に対して安易にM&Aを勧めたいわけではありません。
介護事業は、地域との関係、利用者との信頼、職員の生活、そして創業者の思いによって支えられている事業です。単に採算だけで割り切れるものではありません。しかし、現在の介護業界で中小介護事業者が置かれている環境を見ていると、M&Aは必ずしも「負け」や「撤退」を意味するものではないと感じています。
利用者を守る。
職員の雇用を守る。
地域に必要な介護サービスを残す。
そして、創業者や経営者が次のステージへ進む。
そのための選択肢として、M&Aを前向きな経営戦略の一つとして、冷静に考える時代に入っていると感じています。介護事業におけるM&Aは、単なる売却ではありません。場合によっては、利用者、職員、地域、そして経営者自身を守るための、現実的で前向きな事業継続の手段になり得るのだと思います。
参考資料
・厚生労働省「介護施設・事業所の協働化・大規模化」
・厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数」
・厚生労働省「介護テクノロジーの利用促進」
・厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」

髙山 善文 氏

