〜東京地裁判決から読み解く最新実務動向〜
近年、介護業界ではM&Aを活用した事業承継や経営基盤強化が急速に広がっています。少子高齢化の進展により介護ニーズが増大する一方、人材確保や設備投資の負担が重く、中小規模の介護事業者にとって「M&Aによる成長」や「第三者承継」は現実的かつ重要な戦略となっています。
こうした介護M&Aの現場で必ず議論になるのが、「DD(デューデリジェンス)」と、その費用の税務上の取り扱い、特にDD費用を損金計上できるのかという点です。
2026年2月18日、東京地裁で言い渡された判決(令和5年(行ウ)第120号)は、この点について初めて司法判断を示したものとして、実務家の間で大きな注目を集めています。
本コラムでは、この判決の概要を整理しつつ、介護M&AにおけるDD費用の損金計上実務への影響をわかりやすく解説します。
【目次】
介護M&AにおけるDD(デューデリジェンス)の重要性
介護M&Aでは、一般的なM&A以上に慎重なDDが必要とされます。
なぜなら、介護事業には以下のような特有のリスクが存在するためです。
- 介護保険法・指定基準への適合状況
- 行政指導や監査履歴の有無
- 人員配置基準や資格者の在籍状況
- 利用者との契約関係や苦情・事故履歴
- 介護報酬改定による収益構造の変動
これらを把握するため、法務DD、財務DD、労務DD、ビジネスDDなどを実施し、弁護士・公認会計士・社会保険労務士など複数の専門家が関与するケースが一般的です。
その結果、DD費用は相応の金額となり、税務処理の重要性が高まります。
そこで問題となるのが、「DD費用を税務上どのように処理するのか」という点です。
DD費用は損金計上できるのか?従来の不透明さ
従来、M&Aに関連するDD費用や仲介手数料については、税務上の明確な線引きがあるとは言えませんでした。
国税当局はしばしば、
「有価証券(株式)の取得に要した費用である以上、取得価額に算入すべき」
という立場をとってきました。
取得価額に算入される場合、支出時に損金計上はできず、のれんして計上された後に、一定の期間で償却されることになります。これは、介護M&Aを進める買い手にとっては税負担が増えることとなり、非常に大きな論点でした。
東京地裁2026年2月18日判決の概要
今回注目された東京地裁判決は、2017年に行われた中小規模M&A(ディール総額5億円超)を巡る税務訴訟です。
買い手企業は、以下のような費用を支出していました。
- 弁護士・会計事務所へのDD費用(法務DD・財務DD)
- 仲介業者への情報提供料
- 中間報酬
- 成功報酬
買い手はこれらをすべて損金計上しましたが、国税は「すべて株式取得価額に含めるべき」として課税処分を行いました。
これに対し、東京地裁は課税処分の一部を取り消す判断を示しました。
裁判所が示したロジックのポイント
本判決で重要なのは、裁判所が示した「考え方」です。
東京地裁は、「有価証券の購入のために要した費用」について、単に形式ではなく、実質的判断を重視しました。そのうえで、次の2点を満たす必要があると述べています。
- 特定の有価証券の購入に向けられた費用であること
- その費用が、当該購入のために客観的に必要と認められること
そして、その判断の軸として重視したのが、
「株式購入の蓋然性(実現性)がどの程度高かったのか」
という点です。
費用ごとに異なる判断 〜DD費用はケースバイケース〜
裁判所は、「DD費用だから一律に同じ扱いをする」といった形式的判断を否定しました。
その代わりに、各費用について個別に検討しています。
その結果、以下のように整理されました。
情報提供料:
→ 株式購入の蓋然性が高いとはいえず、損金算入を認める
中間報酬:
→ 同上(損金算入を認める)
法務DD・財務DD費用:
→ 同上(損金算入を認める)
成功報酬:
→ その性質上、株式取得と直接的に結びついており取得価額算入
つまり、
M&Aの成否がまだ不確実な段階で発生したDD費用は、損金計上できる余地がある
一方で、
取引成立を前提とした成功報酬は取得価額になる
という整理です。
介護M&A実務への影響と注意点
この判決は、介護M&AにおけるDD費用の損金計上を検討するうえで、非常に重要な示唆を与えています。
もっとも、本判決は地裁判決であり、現在国税が控訴中。最高裁まで確定したルールではなく、あくまで個別事案に基づく判断である点には十分注意が必要です。
したがって、「DD費用なら必ず損金になる」「判決をそのまま使えば大丈夫」という理解は危険です。
重要なのは、
いつの段階で
どのような目的で
どの内容のDDを実施したのか
を事実関係として整理し、合理的に説明できるかどうかです。
まとめ:介護M&Aでは専門家との連携が不可欠
介護M&Aにおいて、DDはリスクを回避するための不可欠なプロセスです。そして、そのDD費用の損金計上は、資金繰りや投資判断に直結する重要な論点です。
今回の東京地裁判決は、実務にとって大きな一歩ではありますが、万能の結論ではありません。
必ず、弁護士・公認会計士・税理士などの専門家と十分に相談し、個別案件ごとに慎重な判断を行う必要があります。
今後の控訴審、さらには最高裁の動向にも引き続き注目しながら、介護M&Aの実務に活かす視点をアップデートしていきましょう。

太田丈史

