介護経営コラム

Column

高齢化するペットと飼い主を支える新たな事業

~高齢化社会の「見えにくい課題」と新たな市場機会「ペット・シニアケア」事業の可能性~

髙山 善文 氏
更新日:2025年12月1日
高齢化するペットと飼い主を支える新たな事業

日本社会が直面する超高齢化の波は、私たち介護事業者にとって避けて通れないテーマですが、その影でもうひとつの「見えにくい高齢化」、すなわちペットの高齢化が進行しています。
現在、犬の平均寿命は14.9歳、猫は15.9歳と過去最高を更新しており(2024年時点)、これは喜ばしい進歩である一方、飼い主自身も高齢化しているため、「人と動物の老老介護」という新たな社会課題を生み出しています。
この「ダブル高齢化」の現実に対し、「ペットの介護を誰が担うのか」という問題は現実味を帯びており、ここにこそ介護事業者の知見を活かせる新たな市場が拡大しています。

1. 介護保険制度の「狭間」が創出する収益機会

高齢の飼い主が直面する最大の課題は、ペットの世話が公的介護保険の対象外であるという点です。飼い主が要介護状態になったり、病気で入院が必要になっても、訪問介護では原則としてペットの給餌や散歩、排泄介助などに対応できません。
体力の衰えにより、犬の散歩で持病の膝の痛みが悪化したり、毎日の手入れやトイレ掃除が困難になったりするケースもあります。さらに深刻なのは、飼い主の死亡や病気によってペットが飼育困難となり、保健所などに引き取られるケースが増加していることです。
東京都における飼い主からの犬・猫の引取りは、「飼い主の病気」(59%)や「飼い主の死亡」(9%)といった飼い主の健康問題を理由とするものが約7割を占めているといいます。

飼い主からの犬・猫の引取理由(東京都、2017年度)
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注:保健所を設置している八王子市及び町田市を除く
(出典)東京都動物愛護相談センター多摩支所「事業の概要」(2019年度)

多くの高齢者は「うちの子の方が先に死ぬから大丈夫」と考え、万一に備えた一時的な預け先(家族、友人、ペットシッター、動物病院など)の準備ができていないのが現状です。この「制度の狭間」と「老老介護」の限界が、介護保険の届かない領域における自費型の新たな市場を生み出しています。

2. 既存の専門性を活かす自費サービスモデル

介護事業者は、高齢者の身体・心理特性を理解する専門性、地域ネットワーク、法令順守・衛生管理の実績という「三拍子」を既に備えています。これをペットケア領域に拡張することで、独立採算を図りやすい新収益モデルを確立できる可能性があります。

(1)在宅ペットケア・シッター型サービス

在宅介護の延長として、体力的に困難な世話を代行する訪問ペットケア(シッター型)があります。散歩、トイレ掃除、通院同行などを代行し、さらに人獣共通感染症や環境衛生のリスクを解説する健康・衛生アドバイスを提供できます。ただし、このサービスの注意点には、訪問介護事業者がペットの世話をする場合は第一種動物取扱業の登録が必要な場合があるということです。
(参考)さいたま市, 便利業者や家事支援サービス事業者、訪問介護事業者の皆様へ ~ペットのお世話をする場合は第一種動物取扱業の登録が必要な場合があります。~

(2)ペット信託

ペット終活支援と信託サポート 行政書士や弁護士と連携し、ペットの終生飼養のためのペット信託の設計や、老犬ホームへの引継ぎを支援するサービスは、特に高付加価値分野です。この分野では、1匹あたり200万円前後の信託資金が想定されます。
(参考)環境省, 高齢ペットとシルバー世代

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(3)終生飼養先の紹介ビジネス

入院や逝去などによりペットの飼育が継続できなくなった要介護高齢者に対し、安心して任せられる終生飼養先を紹介するサービスです。ペットの“最後まで責任を持ちたい”という飼い主の願いに応えることで、強いニーズが期待できる市場となります。介護事業者が飼い主との信頼関係をベースに、老犬・老猫ホームへの引継ぎを支援するサービス(譲受飼養業者への紹介)は、施設へのスムーズな移行を促すことができます。
老犬・老猫ホームのニーズは急拡大しており、環境省への届け出件数は11年間で13倍に急増しています。これらのホームは、終生一括型で100万円程度、期間更新型では入居金に加えて年間50万〜150万円程度という高額な専門サービスとして提供されており、紹介料をベースとした安定した収益源となる可能性があります。ただし、老犬・老猫ホームは「譲受飼養業」として動物愛護管理法に基づき登録が必要なため、法令を順守した事業者との連携が重要です。

3. 「生きがい」を守り、社会コストを抑制する公共的使命

この事業は単なる付加サービスに留まりません。ペットとの暮らしは高齢者にとっての「生きがい」であり、高齢者自身の健康長寿に直結します。
科学的にも、犬の飼育者は認知症発症リスクが40%低いとされており、特に運動習慣や社会的つながりの維持に貢献しています。
したがって、介護事業者がペットケア支援を行うことは、高齢者のQOL向上だけでなく、結果として医療費・介護費の抑制効果すら期待できるのです。これは地域包括ケアの延長線上にある、公共的使命と言えるでしょう。

4. 介護事業者が「ペット・シニアケア」に参入する意義

介護事業者が「ペット・シニアケア」に参入する意義は、単に高齢者の生活を支えるだけではありません。長年寄り添ってきたペットとの関係という“感情的資産”を守り、その価値と愛着を尊重する取り組みでもあります。高齢者の生活機能を支援するだけでなく、「生きがい」を支えること。人と動物の双方に「安心と尊厳」を提供する新たなビジネスモデルは、これからの介護事業経営において新たな可能性を切り拓く鍵となると考えられます。

参考文献
・2025/6/3 2:00 ⽇本経済新聞 電⼦版
ペットも⾼齢化、のしかかる「⽼⽼介護」 ⽼⽝・⽼猫ホー ム急増
・アニコム,2024,「家庭どうぶつ⽩書」
・一般社団法人ペットフード協会,2024,「全国犬猫飼育実態調査」
人と動物の共生センター

ライター紹介
髙山善文
髙山 善文(たかやま よしふみ)氏
ティー・オー・エス株式会社 代表取締役
大正大学 社会福祉学部 非常勤講師

30年以上にわたり介護業界の最前線で活躍してきた、信頼と実績の“現場派”コンサルタント。制度・経営・ICT導入・外国人材支援から海外展開まで、幅広い分野に携わりながら、常に「現場の声」に耳を傾けてきました。有料老人ホームの施設長や福祉機器メーカー勤務、自治体の介護保険事業支援など多彩な経験を持ち、現場と行政の両方に精通する稀有な存在。介護支援専門員・防災士・福祉サービス第三者評価者としても活動し、実践的かつ現場目線のアドバイスには定評があります。「難しいことを、わかりやすく」「介護という職種をもっと前向きに」。そんな思いから、執筆や講演にも積極的に取り組み、著書に『図解即戦力 介護ビジネス業界のしくみと仕事』(技術評論社)、『介護の現場と業界のしくみ』(ナツメ社)などがあります。現在は、これまで築いてきた業界ネットワークをもとに、理論と実践を融合させた「高齢者の住まいづくり」に挑戦中。介護の周辺ビジネスに関心のある方、新しい取り組みを模索している方、ぜひ一度お気軽にご相談ください。

【問い合わせ先】
https://www.jtos.co.jp/


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