介護事業所を経営していると、運営指導の通知が届いてから「書類はそろっているだろうか」「現在の運用で問題ないだろうか」と、不安になった経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
日々の業務では、利用者へのサービス提供や職員のシフト調整、採用、請求業務など、優先しなければならない仕事が数多くあり、運営規程や各種指針、研修、委員会といった法令遵守に関する業務は、どうしても後回しになりがちです。
特に注意したいのが、「法令遵守については管理者が分かっているから大丈夫」という認識です。
管理者や一部の職員だけが必要な書類やルールを把握していると、担当者の退職や異動をきっかけに、必要な対応が抜けてしまい最悪の場合運営指導で指摘され多額の介護報酬の返還や指定取り消しになりかねません。
大切なのは、特定の人の知識や経験だけに頼るのではなく、事業所として法令遵守に取り組める仕組みをつくること。
今回は、介護事業所に求められる法令遵守の基本と、運営指導にも慌てない事業所をつくるためのポイントについて解説します。
【目次】
介護事業所に求められる「法令遵守」とは
介護事業所は、介護保険法をはじめ、指定基準や各自治体の条例など、さまざまなルールに基づいて運営されています。厚生労働省では、介護サービス事業者に対して「法令遵守等の業務管理体制」を整備することを義務付けています。
すべての事業者に法令遵守責任者の選任が求められ、事業所等の数が20以上の事業者には法令遵守規程の整備、100以上の事業者には業務執行状況の監査が求められます。
しかし、「必要な責任者を決めた」「必要な規程を作った」だけで法令遵守が完了するわけではないということです。厚生労働省も、法令遵守規程について、日常の業務運営における注意事項や標準的な業務プロセスなど、事業者の実態に合わせた内容とする考え方を示しています。
つまり、法令遵守は運営指導のためだけに準備するものではなく、日々の事業運営の中に、必要なルールや確認作業を組み込んでおくことが重要なのです。
なぜ介護事業所の法令遵守は「管理者任せ」になりやすいのか
私自身、介護事業所の運営支援に携わる中で、「この書類については管理者しか分からない」「委員会の開催時期は担当者がなんとなく覚えている」といったケースを目にすることが多々あります。
介護事業所では、確認しなければならない項目が非常に多くあります。
運営規程や重要事項説明書だけではありません。各種指針やマニュアル、BCP、研修、委員会、訓練、利用者ごとの計画書や記録、さらに各種加算の算定要件などもあります。
加えて、制度改正があれば、それまで使用していた書類や運用方法の見直しが必要になることもあり、これらを管理者一人の知識と経験だけで管理し続けるのは簡単ではありません。
管理者が優秀であるほど、その人に仕事が集中してしまうケースもあります。
その結果、
「○○さんに聞かないと分からない」「前回もこの方法だったから今回も大丈夫だろう」「運営指導が来たら確認しよう」
という状態になってしまいます。
問題なのは、普段はそれでも事業所が回ってしまうことです。
表面上は問題なく運営できていても、担当者の退職や運営指導などをきっかけに、初めて管理上の抜け漏れに気付くことがあります。だからこそ、法令遵守は「詳しい人をつくる」だけではなく、「詳しい人がいなくても確認できる状態」をつくることが重要です。
運営指導の通知が届いてから準備するのでは遅い
法令遵守について考えるうえで、運営指導は分かりやすいきっかけの一つです。
厚生労働省は、介護保険施設等への運営指導について、適正な制度運用を図るうえで重要なものと位置付けています。運営指導が決まると、事業所では必要書類や記録の確認、現在の運用状況の見直しなどを行うことになります。
しかし、本来は「運営指導が来たから書類を整える」という考え方ではありません。
必要な研修が適切な時期に行われているか。
委員会が必要な頻度で開催されているか。
各種指針やマニュアルが現在の制度や事業所の運用に合っているか。
加算の算定要件を継続して満たしているか。
こうした内容を日頃から確認できる状態にしておく必要があります。
運営指導の通知が届いたときにゼロから準備するのではなく、普段から適切に運営している状態を維持し、その結果として運営指導にも落ち着いて対応できる状態を目指すことが大切です。
法令遵守を仕組み化する5つのポイント
では、管理者や一部の職員だけに依存せず、事業所全体で法令遵守に取り組むためには、どのような仕組みをつくればよいのでしょうか。
ポイントは、「担当者が気をつける」という曖昧な管理から、「誰が担当しても必要な対応が分かる」状態へ変えていくことです。
ここからは、介護事業所で特に見直しておきたい5つのポイントを、介護事業所の実務的な視点から解説します。
1.事業所に必要な書類を整理し、「最新版」を管理する
まず行いたいのが、事業所運営に必要な書類の整理です。介護事業所には、運営規程や重要事項説明書をはじめ、各種指針、マニュアル、BCPなど、さまざまな書類があります。
ここで注意したいのが、「書類がある=問題ない」ではないことです。
たとえば、運営規程を作成した当時から営業時間や職員体制、利用料金などが変わっているにもかかわらず、書類だけが以前の内容のままになっているケースがあります。
また、運営規程と重要事項説明書、実際の事業所運営で内容が一致していないこともあります。
そのため、単に書類の有無を確認するだけではなく、
- ・どの書類が必要なのか
- ・現在の書類はどこに保管されているのか
- ・最終更新日はいつなのか
- ・現在の制度や事業所の運用と一致しているか
- ・関連する書類同士に矛盾がないか
まで、確認できるようにしておくことが大切です。
特に複数の職員が書類を修正する事業所では、パソコンや共有フォルダの中に「最新版」「最新版2」「最新版_修正」など、似たファイルが複数存在してしまうこともあります。「書類を作る」だけではなく、どれが現在使用すべき正式な書類なのかを誰でも判断できる状態にすることまでが書類管理です。
2.研修・委員会・訓練を年間スケジュールに落とし込む
研修や委員会、訓練についても、担当者の記憶だけに頼らない仕組みが必要です。
介護事業所では、サービス種別や事業所の状況に応じて、さまざまな研修・委員会・訓練への対応が必要になります。問題になりやすいのが、「実施しなければならないことは分かっていたが、気付いたら時期を過ぎていた」というケースです。
日々の現場では、利用者対応やシフト調整、請求、新規契約など、優先度の高い業務が次々と発生します。そのため、数か月先の研修や委員会まで管理者が頭の中だけで管理するのは現実的ではありません。
そこで、年度の初めなどに必要な研修・委員会・訓練を洗い出し、「何を」「いつ」「誰が」「どのように実施するのか」を年間スケジュールとして見える化しておきます。
さらに、開催予定だけでなく、実施後の記録まで管理することが重要です。
研修を実施したのであれば、研修内容や参加者、実施日などの記録が必要になります。委員会についても、開催した事実だけではなく、その内容を確認できる状態にしておく必要があります。
つまり、予定する → 実施する → 記録する → 保管するという一連の流れまで仕組みにしておくことがポイントです。
3.「担当者」だけではなく「最終確認者」まで決める
必要な業務を整理したら、次に「誰が実施し、誰が確認するのか」を明確にします。
ここで重要なのは、単に担当者を決めて終わりにしないことです。
たとえば、研修担当者が研修を実施していても、必要な記録が残っていなかったり、参加できなかった職員への対応ができていなかったりすることがあります。
そのため、「誰が実施するのか」だけではなく、
「誰が完了を確認するのか」まで決めておくことが重要です。
たとえば、研修担当者が研修を実施し、その後に管理者が実施内容や研修記録、参加状況を確認する、といった流れです。
また、「実施したかどうか」だけではなく、「何をもって完了とするのか」まで決めておくと、担当者による判断のばらつきも抑えやすくなります。担当者が変わっても同じ方法で業務を進められるよう、業務の手順や使用する書類、保存場所などもあわせて共有しておくとよいでしょう。
特に複数事業所を運営する法人では、各事業所の管理者だけに確認を任せるのではなく、本部・管理者・担当者それぞれの役割を整理することが重要です。
「誰がやるのか」「誰が確認するのか」「どの状態になれば完了なのか」を明確にし、法人として実施状況を確認できる体制をつくることがポイントです。
Professional Care International株式会社が運営するプロケアDXでは、運営スケジュールや委員会の議事録、BCPの自動作成、各書類を専門家が監修のもとコンプライアンス的に強化することができます。
4.定期的に内部チェックを行い、「できているつもり」を防ぐ
法令遵守の仕組みをつくった後は、それが実際に機能しているかを定期的に確認することが返還リスクを減らすことにつながります。
書類があるかどうかだけではなく、
「実際の運用と書類の内容が一致しているか」
「必要な研修や委員会が実施され、議事録が残っているか」
「算定している加算の要件を現在も満たしているか」
など、実際の事業運営まで含めて確認します。
よくあるのが「昔からこのやり方だから大丈夫」という認識です。
介護保険制度は改正が行われますし、自治体から新しい通知や取扱いが示されることもあります。以前は問題なかった運用が、そのまま現在も適切とは限りません。
そのため、半年に1回、年に1回など法人内で定期的に確認するタイミングを決めておくとよいでしょう。そして、内部チェックで問題が見つかった場合は、確認 → 改善 → 再確認まで行います。
内部チェックの目的は、職員のミスを探すことではありません。運営指導が来る前に自分たちで課題を発見し、改善できる状態をつくることです。「今、運営指導が来ても現在の運用について説明できるか」という視点で確認すると、日常業務では気付きにくい課題を発見しやすくなります。
5.デジタルを活用して法令遵守業務を一元管理する
ここまで紹介した仕組みをExcelや紙だけで管理することもできます。
ただ、管理する書類やタスクが増えてくると、
「書類は共有フォルダ」
「研修予定はExcel」
「委員会は管理者のカレンダー」
「マニュアルは紙のファイル」
「タスクは個人のメモ」
といったように、情報がさまざまな場所に分散しやすくなります。
この状態では、一つひとつの業務は実施できていても、経営者や管理者が「事業所全体として必要な対応が完了しているか」を確認することが難しくなります。
そこで活用したいのがデジタルツールです。
法令遵守業務をデジタル化する目的は、単に紙をなくすことではありません。
必要な業務を一つの仕組みの中で管理し、抜け漏れを発見しやすくすることにあります。
たとえば、
「どの書類が整備されているか」
「次に必要な研修は何か」
「委員会は実施済みか」
「対応が必要なタスクは残っていないか」
といった情報をまとめて確認できれば、管理者の記憶に頼る必要が少なくなります。
また、複数事業所を運営している法人であれば、本部側から各事業所の対応状況を確認できる仕組みをつくることで、事業所ごとの管理レベルのばらつきを抑えることにもつながります。
大切なのは、「デジタル化すること」そのものを目的にしないことです。
人が覚えて管理する状態から、仕組みを見れば誰でも必要な対応が分かる状態へ変える。そのための手段としてデジタルを活用することが、介護事業所におけるDXの一つの形だと考えています。
こうした考え方を実際の事業所運営に落とし込む方法の一つが、法令遵守業務に特化したDXツールの活用です。
Professional Care International株式会社でも、運営指導対策や書類作成、研修、委員会などを一元的に支援する「プロケアDX」を提供しています。
法令遵守は介護経営の基本
法令遵守というと、運営指導で指摘を受けないための「対策」として考えてしまいがちです。しかし、介護事業は介護保険法や指定基準などに基づいて運営することが前提であり、法令遵守は介護事業者としての基本です。そして、自社の運営状況やリスクを把握し、適切に管理できる状態をつくることは、経営者にとっての基本でもあります。
重要なのは、経営者自身が日々の書類や制度対応に追われることではありません。
必要な業務を整理し、仕組みとして管理できる状態をつくることで、「次にどの事業へ投資するのか」「新しい事業所をいつ出すのか」「今後会社をどのように成長させるのか」「いつバイアウトするのか」といった、事業拡大や出口戦略など、経営者が本来考えるべき次の意思決定に時間を使えるようになります。
たとえば多店舗展開を進める場合、既存事業所で整えた管理方法を次の事業所にも展開できれば、事業所ごとの管理にばらつきが生まれにくくなります。新しい事業所を立ち上げるたびに管理体制を一からつくる必要もないため、次の出店や事業拡大にも進みやすくなります。
また、将来的にM&Aによるバイアウトや事業承継を考える場合にも、経営者や特定の管理者に依存せず、会社として運営できる状態をつくっておく必要があります。経営者が変わっても一定の水準で事業を継続できる「経営の再現性」は、買い手側が事業の継続性やリスクを判断するうえでも重要であり、企業価値を評価する要素の一つになります。
会社が成長すれば、経営者が考えるべきこと、判断すべきことも変わっていきます。
だからこそ、その選択肢を持てる経営状態をつくるためにも、まずは現在の事業を会社として適切に管理できる状態を整えておきましょう。
目指したいのは、「法令遵守のために経営する」のではなく、「適切な経営を続けた結果として、法令遵守ができている状態」です。
法令遵守を現場だけの課題として捉えるのではなく、自社の経営基盤をつくる重要なテーマとして、ぜひ一度、自社の管理体制を見直してみてください。
介護事業所の運営指導、法令遵守、加算、経営改善などの実務情報については、Professional Care International株式会社が運営する「介護経営ラボ」でも詳しく解説しています。日々の事業運営や経営体制を見直す際に、ぜひ参考にしてみてください。

片山 海斗 氏

